【記事紹介】子どもを操作する親/交流する親の言葉づかいの違い

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本日は、ダイヤモンドオンラインの記事「子供を操作する親/交流する親の言葉づかいの違い」をご紹介します。冒頭に両者が使う言葉の定義があります。操作的な会話とは、「歯磨きしなさい!」「もう宿題は終わったの?」のような、動作を指示したり確認する声かけを指します。

交流的な言葉とは、「今日は楽しかったね」や「新しい自転車、乗りやすそうだね」のような、思いや考えを伝え合う声かけは交流的な会話といわれます。

20年間、5000回以上の子育て相談の面談をしてきた医師・臨床心理士である筆者は、子どもの不登校の相談で訪れる親へのアドバイスとして、交流的な会話をすることと、操作的な会話をできるだけやめることを伝えているそうです。

その理由は、不登校や非行、摂食障害など、問題行動が表れた子どもの親に共通する特徴があることに気づいたからです。それは、家庭での子どもとのコミュニケーションが、操作的な会話で占められていて、交流的な会話がほとんどないということです。

交流的な会話をこころがける目的は、子どもが家でリラックスできるようにするためです。学校では勉強やスポーツをがんばり、家ではリラックスする。それを徹底するだけで、子どもの様子はかなり変わるそうです。しつけも大事ですが、不登校になるほど弱っている子どもが元気になることが大事です。

親がやさしく接するようになれば、どの子どもにも似たような変化が起きます。それは、笑顔が増えることです。子どもが夜更かししようが、テレビばかり観ていようが、もう小言は言わないと決めたら、子どもに注意することを考えなくていいので、親も楽です。子どもと過ごす時間は短いです。その時間を小言ばかり言って過ごすことはもったいないです。

小言を減らす方法として、小言を言うたびに子どもに逆に注意してもらう案も提案されています。子どもが思ったことを話すようになることで、親子の関係が変わります。子どもは弱い存在から、気の置けない頼もしい仲間へと変わっていきます。

交流する会話の具体的な例は、著者の新書「子どもが幸せになることば」で紹介されています。本書で紹介される声かけの事例は、私のような不器用な親はとっさに出てこない切り返しばかりで、こんな会話ができるのは悟りを開いたお坊さん(宗教家)くらいでは?と思いました。

 記事の感想は、「それはないな…」というモヤモヤ感で頭がいっぱいになりました。〇〇しなさい!と言わないと何もしないぼんず君は、中学生になっても服は脱ぎっぱなし、交流的な会話がなくても家の中でこれ以上ないくらいリラックスしています。勉強も私がうるさい親でなければ、あまり熱心にはやらないでしょう。

親と子の関係性は、どんな会話をしたとしても変わらないと私は思います。もちろん、親が上です。上というよりも、保護者であり、子の全責任を負う以上は、世の中に出しても恥ずかしくないような人間に躾ける責任があります。子の機嫌取りばかりしていては、勘違いしたお子様が出来上がるような気がしてなりません

記事の内容よりも、記事に対する閲覧者のコメントが面白かったです。「息子は、私が毎日ガミガミ言わないとゲームとyou tube三昧です」「注意しないのは育児放棄では?」「注意や小言は言っちゃダメなのね、と野放し育児する親が増えそう」「言うべきことは言わなきゃならないのが育児では」「声かけや育て方が問題行動を生むわけではない」「反抗期の子どもに耐えられる忍耐が欲しい」

保護者様の愚痴とも思えるコメントの後ろに透けて見えるのは、なぜか男の子ばかりです。女のお子様は、保護者様が意識しなくても、自然と交流的な会話が成立しているのでしょうか? だとしたら、うらやましいです。

最近の我が家は、「唐揚げ(食べたいです、まで言おう)」「今日のご飯何?(今準備中で忙しいよ)」「期末考査は過去最高の出来(多分違います)」「今日はもう寝るわ(勉強は!!)」のような、ぼんず君からの一方的な交流の言葉で占められています。いつも平和そうな笑顔で、何も考えてない雰囲気でいっぱいです。もはや私が気遣う必要はありません。

一方、受験勉強期は、ぼんず君が機嫌よく勉強するために共感や共有の声かけを常に意識して、私は神経をすり減らしました。子どもの笑顔も大切ですが、保護者様の心の安定も同じくらい大切です。交流することと、わがままし放題は全く別物です。

私の感覚では、交流:操作=2:1くらいでいいかな、と思いますが、割合はそれぞれのご家庭でうまく調整されてくださいね。

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